しばらくブログを更新しておりませんでしたが、旧友とその奥様の二人が読者として増えましたので記事を書きます。
私の考えや思い、価値観を綴ることも多いので、不愉快に思う方もいらっしゃると思いますが、私のブログですのでお許し下さい。
旧友はテニスが好きなのでハンドルネームを世代的にジミー・コナーズ氏とします。地味なコナーズ氏?いや虫コナーズ氏にしよう。虫コナーズ氏と先日、ふるさと秩父で10年ぶりに再会をしました。その日は私がブログを書いていることを伝え、後日、飲みに行く約束をする。
楽しいお酒でした。虫コナーズ氏とは昔話に花が咲く。しかし、10年のブランクの私の考えなどを話すが、なぜか、彼はわかっている。?どうやら熱心に私のブログを熟読しているようだ。ネタバラシもほどほどにしないといけないな。
不思議と彼とは話が合うが、基本的な価値観は全く異なる。そのため、私の鋭い嫌味がかった言葉のボディーブローに、彼はびくともしない。その辺が私には心地よい。タフな虫コナーズ氏に感謝する。
その日は、ほろよい気分で最後にシメの日本そばを食べるため、二人である店に行くと先客として林家たい平さんがいた。彼は中学ではひとつ下の後輩で、同じ部活なら私を神様のように扱わなければならないのだが同じ部ではなかった。たい平さんは秩父四天王(冠二郎、林家たい平、設楽統、藤原竜也)ですので、小心者の私は声をかけることは出来ませんでした。ちなみに、私は人生を遠回りしたため、たい平さんはムサビでは先輩にあたる。
虫コナーズ氏のツーリングの目的は秩父4ダム巡り。ダムカードを 入手したいらしい。ダムには縁がある。時効なので秘密を公開しよう。「秩父さくら湖」は私がいなけれなその名にはなっていなかった。当時は町おこしに夢中になり、多くの方に応援していただき命名できました。当時は嫌な思いもしました。ある町おこしのお酒を飲む親睦会で、次期首長と噂されたある有力議員から「もう名前は決まっている」「無駄なことはするな」と恫喝された苦い思い出もある。
残念ながら市民の意見を聞く会合を開きながら、行政の出来レースは多いのである。特に箱物に関しては市民の意見を聞きましたと口実にされてしまう。
話しが脱線してしまいましたが、虫コナーズ氏は富岡製糸場にも行きたいと言うので、彼の近場のダムは断念していただき、私に無理のない富岡・軽井沢コースに変更して貰った。
約束の早朝にFece Timeで、こんにゃくを食べようとツーリングのコース追加を申し出て、富岡製糸場近くのこんにゃく博物館に集合場所を変更する。彼は最近iphoneにしたようだ。Fece Timeは使ったことがなかったらしい。彼の奥様もiphoneなので単身赴任でも、すごいことができると伝えるが、彼は笑う以上のリアクションはなかった。
変更のお詫びにこんにゃくバイキングをおごることにした。そもそも無料ですけど・・・
おかわり
こんにゃくに工夫があり、どれも美味しいのだが、残念ながら、すべてこんにゃくの食感の範疇。お時間がある方はどうぞ。こんにゃくをたらふく食べたので井森の里、伝説の茂木ドライブインは予定から外すことにした。
富岡製糸場は竣工明治5年、当時は世界でもトップクラスの製糸場であった。7年後に自由民権運動の高まりから秩父事件が起こるが、官製の大規模工場の大量生産が何かしら影響したであろう。秩父直件は数年前には草の乱として映画化された。またまた、自慢話になるが、このポスターの女の子は私の娘である。
富岡の商店街は世界遺産景気にわく。昭和の薫りが色濃いお店はなんか懐かしい。「女工さんが愛したコロッケ」の張り紙が目についた。C級グルメの私としては、そそられ、お店の前で思わずコロッケを注文してしまった。まるで、安物の旅番組のように。

揚げたてをいただいて美味しかった。人気ということでカレーパンも注文したが外はアツアツ中は少し冷たく残念であった。おばちゃんに温まっていないことを伝えれば、お店にとっても良かったかなと今更後悔している。
富岡に長居しすぎた。急いで軽井沢に向かう。虫コナーズ氏は現在はバイクは所有していないので熊谷でレンタルしたほぼ新品のセローに乗っていた。私はCT110であり、ちょうど2倍の排気量の違いだ。少し試乗させてもらったが、よく出来たバイクだ。低回転でトルクがあり運転がしやすい。CT110は車の流れに乗るには気合が必要で、時には無理な追い越しをかける車に時々熱くなる。そのような気遣いのないバイクもいいものだ。
お約束のめがね橋で記念写真。
レンタルバイクの返却の時間もあり、自宅で薪ストーブを見てもらいアウトレットを案内後すぐに別れる。今度はゆっくりと軽井沢を案内しよう。ただし、軽井沢はお高いお店が多いのでC級グルメは少ない。
